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手の中の鉛筆②

じつは2年ほど前にもブログに書いたマザー・テレサの言葉です。

・・・私は神様の手の中の鉛筆

そして、その時はこの言葉に対して
“これは 神の望んでいることを、我が身を通して
 実現しているのだということではないかと感じます。”
と書きましたが、浅い解釈であったと思います。

前に書いたことは、見当はずれというほどでもなく
方向的には同じ向きを向いていることは間違いありませんが
もっともっと深い意味で
マザー・テレサはおっしゃっていたのかもしれないと思うのです。


私たちの魂は神と同質のものです。
そして私の肉体にもこの地球上にあるものすべてのものにも
神(真我)の手のかからぬものはありません。
唯一人間には、自由意思が与えられ自分の意志で
いろんなことを選択することができますが、
本当は神へ近づく道を選ぶべきであるところを
“悪魔”に誘惑され、違う道を選んでしまった場合
その結果が因果応報の法則に則り自分へ帰ってくるため
より幸せな安らぎを求めていたとしても
例えて言うなら、その選択で回り道をしてしまったり
寄り道をしてしまったということになるのです。

話が脱線してしまいました。

私たちは、すぐにプライドが、とか自分は、などと言ってしまいます。
しかし、幸運なる奇跡が起きるとき
そこには、自分の魂を通して神の力が働いている・・・と思います。
そしてその時には、プライドや自我と呼ばれる
“自分”というものが無になっているときなのだと思います。

自分というものを“無”と表現すると
何もかも否定されたような、存在価値すらないということか?
と思ってしまいそうですが
そういうことではなく、
あくまで、魂が同質である、私の裡には神がいる・・・
それを普段邪魔しているのは、自我とか観念であるから
それを取り去った時、神我に触れられるのではないかと思います。

この言い方も、自分を否定しているように感じるかもしれませんが、
もともと、私の魂も神から生まれたものであるから
同質の、同じものであるはずだから
その“父(母)”と同調したときに
いわゆる本当の奇跡は起こり得るし、それが幸せであり
そこを目指して自分を成長させることができれば
小さな幸せが積み重なって、大きなものになると思います。

マザー・テレサの言葉には
その、神様の心を表現するための自分に自我はない・・・
ということと同じ意味を持たせているのではないかと思ったのです。

神と同質である、同じである、それがどれだけ素晴らしいことか。
神は愛であり、全てであり、歓びであり、唯一無二のもので
この世界を司っている方であるから・・・です。
※擬人化して表現するしかありませんが、
 言葉にできる存在ではないと感じています。
 それほど、私の想像の域を超えた偉大な存在です。






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プロフィール

yumi

Author:yumi
生きることとは 
  どういうことだろう?
幸せになるためには 
  どうしたらいいのだろう?

そんなことをずっと考えていたら
生命の樹と意識の勉強をするという
学びの道にたどり着きました。。。

※あらゆる宗教及び宗教団体、
 組織、グループなど
 一切関係ありません。
 当然勧誘などもありません(笑)。
 あくまで 
 私個人の感じるところを
 綴って行きます。


☆★☆ プロフィール ☆★☆
長野県岡谷市生まれ
現在 千葉県柏市在住

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